森英恵の華麗な交友関係がすごすぎる!?実は知られていない意外なデザインや功績まとめ

森英恵の華麗な交友関係がすごすぎる!?実は知られていない意外なデザインや功績まとめ。というタイトルでお伝えしていこうと思います。

 

日本を代表するファッションデザイナーの森英恵(もり はなえ)さんが、港区赤坂にある自宅でお亡くなりになりました。

 

享年96歳でした。

 

森英恵さんといえば、日本を代表する国際的なデザイナーですね。

 

1977年に日本人として初めてパリの高級注文服の組合「オートクチュール組合」の会員になるなど、日本人デザイナーが世界に羽ばたく先駆けとなった人でした。

 

言わずと知れず、超セレブの森英恵さんですが、交友関係が想像以上のようです。

 

そして、オートクチュールやドレス、制服、着物など様々なデザインを手がけてきた森英恵さんですが、意外なデザインや功績などについても調査してみました。

 

森英恵の華麗な交友関係がすごすぎる!

 

森英恵さんは、現天皇、皇后両陛下の皇太子さまと雅子さまのロイヤルウエディングの際、雅子さまのローブデコルテを担当されたり、美空ひばりさんのコンサート衣装を担当したことは、有名な話ですよね。

女優の黒柳徹子さんも、かつて出演していた「ベストテン」には、ほとんど森英恵さんが手がけた衣装で出演されていたようです。

皇室をはじめ、有名人の衣装を担当するとなると、かなり豪華な交友関係があることは容易に想像できますね。

 

実は、森英恵さんと深い親交があった黒柳徹子さんのコメントから、想像以上の交友関係があったことがわかりました!

「私は森先生のお家で、世界中の有名人にお会いできました。ホロビッツとか、デザイナーのジバンシーとか、オードリーヘップバーンたちと一緒にディナーを頂きながら、笑い話をして、楽しい時間を過ごしました」

© ORICON NewS inc

 

え、家にオードリーヘップバーン来ちゃうの!!??

 

言葉が出ないくらい衝撃ですよね。どんな会話をしていたのか気になります!

 

ただ言えるのは、1960年代に日本人女性が、こういう世界中の有名人達と肩を並べているってすごいことですよね。

 

日本人の海外進出、そして、女性の社会進出という面でも森英恵さんはパイオニア的な存在だったことが納得の交友関係でした。

 

実は知られていない意外なデザインや功績とは?

 

フランスのオートクチュール組合に入ったアジアで初めての女性として、世界的な知名度を獲得した森英恵さん。

 

実は、意外なデザインをされていたことがわかりました!

 

出身地 島根県産の農産物示すマークに「蝶」のデザイン

 

森英恵さんは、蝶をモチーフにした特徴的なデザインから『マダム・バタフライ』という愛称で知られていました。

 

そして、森英恵さんは自身の出身地である、地元 島根県では農産物であることを示すマークとして、森さんがデザインした蝶のマークを平成2年から使っているそうです。

 

農産物のマークとはまた意外でした。

 

蝶のマークが描かれた箱だけでも高級感とセンスを感じられますし、まさに唯一無二と言えますね。

 

JA職員さんによると「この蝶みたいに島根県産の農作物が羽ばたいていけるよう、今後も活用させていただきたいです」と話していたそうです。

 

「彫刻の森美術館」の館長

 

森英恵さんは、2012年から、神奈川県箱根町にある「彫刻の森美術館」の館長を務めていたそうです。

 

彫刻の森美術館は関東の観光名所にもあがる知名度がある美術館。

 

ファッションと芸術は通じるものがありますので、意外とまでは言いませんが、手広いですね。

 

もともと年に数回は美術館に足を運んでいたそうですが、コロナ禍になってからは遠出を控えて、自宅で過ごされていたようです。

 

世間の声

 


まとめ

 

森英恵の華麗な交友関係がすごすぎる!?実は知られていない意外なデザインや功績まとめについて調査してみました!

 

森英恵さんは、戦後、日本人が自信を取り戻そうとしていた時代に、日本の文化を取り入れたデザインで世界のファッション界に大きな影響を与え、偉大な功績を残されました。

 

ご冥福をお祈りいたします。

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