アントニオ猪木の婚姻歴を調査!倍賞美津子は2人目の妻!

元プロレスラーで、参議院議員を2期務めたアントニオ猪木さんがお亡くなりになられました。

アントニオ猪木さんは2019年に妻の田鶴子さんを亡くしています。6年間、闘病中の猪木さんを献身的に看病していた田鶴子さんは3年前、先に旅立ってしまいました。調べてみると、田鶴子さんは猪木さんの4人目の妻でした。

そこで「アントニオ猪木の婚姻歴を調査!倍賞美津子は2人目の妻!」というタイトルでお伝えしたいと思います。

1人目の妻

アントニオ猪木さんの初めの結婚相手はアメリカ人でした。「リンダ」さんというアメリカの武者修行中に知り合った女性だそうです。

結婚して、まもなくお子さんが産まれますが、そのお子さんは幼い頃に病気でお亡くなりになってしまったそうです。猪木さんとリンダさんは悲しすぎる現実をご経験されていました。のちにリンダさんとは離婚に至ってしまったようです。

2人目の妻は倍賞美津子

アントニオ猪木さんは大女優の倍賞美津子さんと1971年に結婚されています。

猪木さんが28歳、倍賞美津子さんが25歳と時となります。

ちょっとびっくりですね!

ふたりの結婚はとても話題になり、結婚式は当時史上最高額の総額1億円ということでメディアを賑わせました。

馴れ初め

ふたりの馴れ初めは、猪木さんの先輩レスラーである豊登道春さんがきっかけを作ったそうです。

先輩レスラーの豊登道春さんが、銀座で食事をした後、車に戻ると、「こんな車に乗りやがって」と車を蹴飛ばしている女の子3人組がおり、そのうちの一人が倍賞美津子さんだったそう。

倍賞美津子さんが美しい方だったから?豊登さんはそのまま食事に誘い、以来、二人は連絡を取り合うようになったとか。

その後、豊登さんがハワイのお土産を渡すために倍賞さんを訪ねた際、猪木さんも一緒に行き、この時の出会いがふたりの出会いとなったそうです。以来、友人を交えたグループ交際から、ふたりは交際に発展していったそうです。

猪木さんは後に、

「彼女は明るくて、人を喜ばせることが上手だった。人がいるとワーっと楽しく振る舞い、周りにいる人が心が明るくなるのである。」

と自分にない倍賞さんの明るさに惹かれたと明かしています。

子供は?

ふたりの間に1974年に女の子が誕生しています。猪木寛子さんという娘さんは幼い頃はミュージカル「アニー」で主人公のアニー役を演じたことがあるそうですが、その後は女優の道には進んでいません。

現在はカリフォルニアで暮らしているそうです。

ご主人はプロレスと総合格闘技の団体IGFの取締役を務められているサイモン・ケリー猪木さんです。

離婚の原因

猪木さんは1980年代、ブラジル政府をも巻き込んだ国際的なプロジェクトのバイオテクノロジーのベンチャービジネスの立ち上げに失敗。

事業の失敗により多くの負債が原因で倍賞美津子さんとは離婚。

やはりお金の切れ目は、縁の切れ目というのは間違いありませんね。

でも、倍賞さんは1998年の猪木さんの引退試合や2002年の新日本プロレス創立30周年の記念興行では、花束を持ってかけつけており、「戦友・魂の友人」として、固い絆で結ばれているようなおふたりです。

3人目の妻

アントニオ猪木さんは1989年の46歳の時22歳年下の「尚美さん」という方と結婚されています。

1990年には男の子が誕生。そして2012年に猪木さんの不倫が原因で離婚しています。

その不倫相手が4人目の妻の橋本田鶴子さんだったとか・・・。

尚美さんとは23年に及ぶ婚姻関係が終わってしまいました。

4人目の妻

2017年にアントニオ猪木さんは橋本田鶴子さんと4回目の結婚をされました。

橋本田鶴子さんは猪木さんが自ら社長を務める肖像権・商標権・著作権管理するマネンジメント会社「コーラルゼット」の副社長を務められていました。

田鶴子さんは猪木さんの専属カメラマンで、猪木さんの仕事の撮影などを担当されていたようです。1990年台後半から猪木さんのプロレス写真を撮っていたそうで、2001年には猪木さんの写真集を出版したとか。

田鶴子さんとはふたりが結婚をされる前から長い交流があったようですね。

まとめ

プロレスラーとして世間を一世風靡させたアントニオ猪木さん。その後は政治家としての活動も意欲的に行っていました。プライベートではなんと4回の婚姻歴がありました!4回も結婚できるなんて、女性にモテる魅力的な男性だったんですね。

そんなアントニオ猪木さん、とても残念です。

ご冥福をお祈りいたします。

最新情報をチェックしよう!