杉浦佳子(パラ自転車)は薬剤師!家族や離婚についても調査

東京パラリンピックで杉浦佳子選手が日本勢史上最年長優勝者として自転車で金メダルを2つ取りました!

自転車で日本勢の同一大会複数「金」も初めての快挙となりました!!

おめでとうございます。

 

今回は、

杉浦佳子(パラ自転車)は薬剤師!家族や離婚についても調査してみました。

杉浦佳子(パラ自転車)は薬剤師

本名 :杉浦 佳子(野口 佳子)すぎうら けいこ(のぐち けいこ)
生年月日 :1970年12月26日(50歳)
出身地 :静岡県掛川市

杉浦さんの実家は曾祖母の代から続く薬種商です。

インタビューではこのように話されていました。

小さな薬店ですから安売りなどできないのですが、地域の人は母や祖母を求めて来てくれるのです。ふらりと立ち寄ってはおしゃべりして、血圧などを測って帰ります。地域の人のために働く母達の背中を見て育ったため、私自身もいずれは薬剤師になるのが当たり前と思って育ちました。

地域のために働くご家族のもとで、杉浦さんも薬剤師を目指すようになり東北薬科大学に入学されました。

ですが、大学入学後に妊娠が発覚し、残念ながら東北薬科大学を中退し、出産されました。

退学したものの、薬剤師の夢は諦められず、子どもが寝ている間に猛勉強、子育てをしながら再度、大学に入学して、子育てしながら国家試験に合格!

 

子育てしながらの勉強は本当に大変だったと思います。いくら諦められなかった夢であってもものすごい意欲ですね、

「時間がない方がかえって人間は集中できると思います」と仰っています。

 

薬剤師を取得されてからも苦労がありました。新卒で、ましてや小さな子どもがいる杉浦選手が入職できる先は多くありませんでした。

北野調剤薬局という中堅薬局の社長が採用してくださり、恩返しと思ってがむしゃらに働いたそうです。

そして、勤務する薬局では常務取締役までになりました。

杉浦佳子(パラ自転車)の離婚や家族は?

杉浦佳子さんは、長男と長女の二人のお子さんがいてます。

長男は実業団で自転車競技をされているアスリート野口悠真選手です

稲城FIETSクラスアクトでチームキャプテンのして活躍されています。

自転車競技をしていた杉浦選手の影響もあるんでしょうね。

 

杉浦さんは、パラ自転車活動開始時は、「野口佳子」で活動されていましたが、2018年頃より旧姓の「杉浦佳子」に変更されています。

杉浦佳子(パラ自転車)の事故について

杉浦選手は事故に遭う前から趣味でトライアスロンをしていました。

20代でフルマラソンを完走したのをきっかけにトライアスロンに興味を持ちました。

2016年45歳で趣味で参加していたトライアスロンの大会で事故に会いました。

頭蓋骨骨折、左側頭葉損傷、外傷性くも膜下出血、肋骨鎖骨骨折、肩甲骨粉砕骨折

一命はかろうじて取り留めましたが、脳挫傷の後遺症で言語や記憶に障害がある「高次脳機能障害」と診断され、漢字が読めず、家族の顔もわからない、薬剤の知識もなくなりました。

事故後半年ほど経った頃友人からパラリンピック教えてもらい、パラリンピックの自転車競技を始め、始めてから3ヶ月後に挑んだ世界選手権で優勝されています。

2018年にはアジア人として初めてパラサイクリング最優秀賞を受賞しました!!

 

また、退院後に受診していた脳神経外科医から「薬剤師に戻ることができるのでは?」と言われ、薬剤師として再就職もされました。

現在では薬学知識を生かしてスポーツファーマシストとしても活躍されています。

 

現在50歳の杉浦佳子さん。

高次脳機能障害という障害を持ちながらまだまだ挑戦しとてもパワフルですね。

何より、自分の年齢にとっては自己記録を更新することがすごく大事な目標なんです。常に昨日の自分より今日の自分。普通は下がっていくと思うんですけど、それを上げていけたら最高。そういう人生、いいなって思う

杉浦選手は活躍だけでなく、インタビューの言葉でもたくさんの方を勇気づけてくださりますね。

今後の活躍も楽しみです!

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